ムシの文化史
虫の文化史 ⑮(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化―
コオロギの話
コダマ虫太郎
コオロギの音
身近な野の虫「コオロギ」ですが、日本だけではなく世界的にポピュラーな山野の虫です。彼らは、作物を食べる害虫ですが、綺麗な声と、闘争心から、人間に愛玩された虫です。ちなみに、コオロギはその昔「キリギリス」と呼ばれていて、万葉集に詠まれたキリギリスはコオロギのことです。羽の付け根を擦り合わせて鳴く声は、雄がメスを呼ぶ声ですが、古今の人の心を惹きつけました。虫にあまり関心のない古代ギリシャ人でさえ、「草でコオロギ籠(かご)を作った」という記述があります。
コオロギ賭博
しかしコオロギは、美しい声には似合わない、怖い習性も備えています。雄とメスを一緒に飼っておくと、メスが雄を食べてしまうことがあります。雄同士の戦闘的な性質から、中国では明の時代(一四三〇頃)にコオロギを戦わせる賭博(とばく)が大流行しました。皇帝に強いコオロギを献上させる制度によって、街のチンピラは価格を吊り上げてぼろ儲け、役人は献納を口実に重税を取り立て、風紀は大いに乱れました。コオロギ賭博は新中国になって禁止されましたが、最近また盛んになって、天津で大会が開かれたりしています。今度は競技としての「コオロギ相撲」です。強い個体の発掘とか、飼育など、様々な要素があって、奥が深いようです。
コオロギの警告
ある地方では、ツヅレサセコオロギの鳴き声を、「寿司食て、餅食て、酒飲んで、綴(つづ)れ刺せ、夜具刺せ」と聞きなしました。多少違いますが、各地にこうした聴き方が存在します。いずれも意味は、(夏場に遊んでいた人に)もう秋だから、冬物の支度をしなさい、と警告して鳴いているのです。かつて日本人は、そう聞こえる心を持っていたのです。
草雲雀(くさひばり)
コオロギの最大の特徴は、その美しい鳴き声です。中でも、「クサヒバリ」と呼ばれる種類は珍重されます。小泉八雲 の「草雲雀(くさひばり)」に、繊細な鳴き声が描かれています。
「はじめは、非常に小さなベルの響きのように、その音(ね)はいよいよ麗(うるわ)しく、―――あるときは、家中が共鳴して、打ち振るうかと思われるほどに高くなり、―――またあるときは、ほとんど想像もできないほどの、か細い糸の音(ね)の絶え絶えな、縷々(るる)とした声に落ち沈む。」
それほど美しい声を持つのが、クサヒバリです。小泉八雲もまた、こよなく虫の音を愛した人の一人で、「虫を愛する国民は、日本人とギリシャ人だけ」と書いています。ちなみに、当時、明治中期ですが、クサヒバリの相場は、一匹十二銭で、虫と同じ目方の金よりも高かったのです。なんと、繊細で高尚な趣味でしょう。
つづく
次号は、「蛙の話」です。