ムシの文化史
虫の文化史 ①(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化― 改めて「虫の定義」
「虫の文化史」を著すにあたり、引用の多くを、荒俣 宏 著、「世界大博物図鑑」(全七巻)に依りました。
世界的な博物学者である同氏に、敬意と辞意を表します。
古今東西の虫観
改めて、「虫とは何か?」ということ、つまり、「虫の定義」について考えて見ましょう。今では虫と言うと、普通は「昆虫」を指します。しかし、それは生物の発生学が進歩して、分類学が整備された結果のことです。面白いことに、一八世紀まで、虫についての認識は、西洋でも東洋でも似たようなものでした。
中国の虫観
中国では、「魚」と「鳥」と「獣」以外のものを、その他の意味で「虫」として分類していました。漢字で書くと、虫偏(むしへん)が付くものが、それに当たります。例えば、海にいる蛸(タコ)や蝦(エビ)、陸では蛇やミミズも、「虫」なのです。そうした分類のしかたは、今日の分類学からすればアバウトですが、何となく大らかで親しみ易い感じがします。
フランスの虫観
同じ頃の、フランスの昆虫書にも、トカゲやクモやザリガニやミジンコまで「虫」として扱っています。これもみんな、漢字で書くと虫偏が付きます。
不思議なことに、洋の東西にかかわらず、感覚的な虫に対する概念は同じだったのです。得体のハッキリしないものはみんな「虫」にされたのです。
現代でも、分類学を知らない子供たちは同じ感覚なのでしょう。
広義の虫
この十八世紀までの分類を、広いという意味で、「広義の虫」と呼びましょう。虫のことを歴史的に調べたり、文化的に調べようとすると、昆虫だけの虫では狭すぎます。虫という観念を歴史的に知るためには「広義の虫」つまり、「漢字で虫偏が付く虫」を、すべて虫として定義すると便利です。それに何よりも、面白いのです。虫偏が付く虫の分類なら、想像上の虫でも採り上げてもらえそうな雰囲気です。昆虫という「狭義の虫」より、虫偏が付く「広義の虫」の方が、夢も広がります。
想像の大蛸クラーケン
「虫の文化史」のテーマ
「虫の文化史」では、昆虫以外の虫も対称にして、人と虫が育んできた文化、について取り扱いたいと考えています。あらゆる角度から、虫を眺めてみたいという想いからです。
虫にまつわる話、食材としての虫、薬になる虫、虫と文学など、歴史と文化の中に登場する虫が主人公です。
つづく
次号は、現代の難病とされる「書籍病」の原因物質である「本の虫」と、その症例について、ご紹介します。