人文虫学

人文虫学②(私的分類学) ―人と虫との関わり学―

食べて遊んで愛しむ
コダマ虫太郎

前号は、「虫屋」を自認する人たちの文学と、虫と文化の関係に触れました。

虫を食べること
虫が嫌いな人は否定的かも知れません、しかし今でも世界の各地でご馳走として虫が扱われている習慣がある以上、農耕文化以前は我々の祖先も虫を蛋白源の一つとして採取していたと考えるほうが自然です。ちなみに、タイでは「タガメ」はご馳走で他の虫よりも高価です。食べるとカメムシの香りと味がしますが、実はそれが美味しさの秘密です。野菜でいえば、中国では香菜(こうさい)、東南アジアではパクチー、欧米ではコリアンダーと呼ばれる野菜の味です。コリアンダーはラテン語でコリス、つまりカメムシの意味です。ソースの原料として使われ、香水にも使われます。近年、これらの野菜とカメムシの臭いの成分は同じであることが解明されていますから、カメムシの臭いは、実は濃度によっては芳香で、美味しいという訳です。

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コリアンダー(パクチー)

虫を見ること遊ぶこと
どこの国の子供達でも、虫は遊び道具の一つです。虫が少ない日本の都会の環境でも、カブトムシやクワガタは依然子供達の人気者です。電池やリモコンなしで彼らは自分から動きます。科学や技術では到底できない、よく出来た遊び道具として直感しているのかも知れません。
そんな子供達もいつしか商業的な遊び道具へと興味の対象が移ってゆき、ついには買える物だけを欲しがる世間並みの大人になって行きます。「虫屋」と呼ばれる人達は、疫学的(統計的)に見れば、俗人の成長過程に組み込まれなかった一種の変わり者ですが、草木一本・細胞一つ作れない科学技術の産物としての商品に心を奪われなかった点では、興味が核心的で高尚なのに違いありません。

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虫車で遊ぶ

虫の音を愛でる文化
虫を栄養源の一つとしてきた人間も、いつか虫の音(ね)に耳を傾け、詩歌を吟ずるまでの情緒的な文化を形成するようになりました。虫の音を愛でる理由には、単純に音色による以外に、季節感や雰囲気を感じる感性、小さく短命な生き物を慈しむ優しさ、配偶者を求める恋の歌への共感、精霊がチョウ(蝶)に姿を変えるといった地域信仰的なイメージなど、極めて繊細で高度な感性が関与します。
日本ではすでに「万葉集」の時代から虫の音を愛でる文学(詩歌)がありました。西欧の昆虫文学は観察記が多いのに対して、日本では感性的に虫を描くのが普通です。江戸時代には「虫屋」(虫を売る商売)が定着し、広く庶民も虫の音を愛でていました。
小泉八雲  の「草雲雀(くさひばり)」に、繊細な鳴き声が描かれています。草雲雀とはコオロギの仲間で、美しい音(ね)を「ヒバリ」になぞらえた呼び名です。ちなみに、当時、明治中期ですが、クサヒバリの相場は、一匹十二銭で、虫と同じ目方の金よりも高かったのです。
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次号では、「現代科学と経済社会の限界と幻想」について考えます。
つづく