ムシの文化史

虫の文化史 ⑭(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化―

日本人とトンボ
コダマ虫太郎

昔から日本人は、何かと「トンボ」を意識してきたようです。他の国と比べると、日本とトンボとの関係は半端ではありません。結論から言えば、「トンボは日本を代表する虫」といえます。

トンボの国
日本の別名を、「秋津島」といいます。これは、「トンボの国」という意味です。神武天皇の歌で、「この国は蜻蛉(あけつ)のようだ」というのがあります。蜻蛉とは、古代の言葉で「トンボ」の呼び名です。後に、「大和」の枕詞(まくらことば)として「あきつ」が使われ、日本の別名「秋津島」になってゆきます。つまり、日本は、「トンボの島」なのです。「秋津島」という表現は、戦前まではよく使われ、軍艦の名前にもなったくらいです。トンボの幼虫は「ヤゴ」です。ヤゴは水の中で暮らします。水が豊かな水田地帯。その稲穂の上を飛ぶトンボ。豊作を連想させたのかも知れません。

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稲穂に停まるトンボ

「勝利の虫」トンボ
トンボの語源は、「アキツ」から「トンボ」に変化したわけですが、これには諸説あります。「飛ぶ羽(はね)」とか「飛ぶ棒(ぼう)」が、トンボに変化した。「田んぼ」が変化したという説もあります。トンボにはもう一つ、「勝虫(かつむし)」という呼び名があります。勝利の虫という意味で、武士はトンボを勝利の象徴と見做しました。矢を収める箙(えびら)とか、武具の装飾に、トンボは好んで使われました。一直線に、矢のように飛ぶ様に、矢筋と潔さを重ねたのでしょう。

トンボに関する禁忌伝承
禁忌とは禁止を伴う俗信です。「トンボを捕まえると目がつぶれる」などの、トンボを「触れるべからざるざるもの」とする伝承が日本全国にあります。
これら保護の理由は、トンボは神様や仏様の使い、先祖の精霊の化身、害虫を食べる益虫などの理由によるものが多く、田を守る、お盆に現れることからの連想からでしょう。「目がつぶれる」というのは大きな複眼からのイメージでしょうか。
禁止を犯した場合の罰は、罰(バチ)が当たる、目がつぶれる、頭痛、発熱、火事、疫病、不作などです。あの黒くて繊細な「ハグロトンボ」は「ホトケトンボ」とも呼ばれます、神仏のお使いです。
昔の日本人には、かつては存在した身近な神々や虫たちに真性を見出すという、合理主義を凌(しの)ぐ感性が身に付いていたのかも知れません。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は『日本雑記』の「蜻蛉」の中でこう述べています。
「(日本人は)悲しみを超えてこの世の美を感じ、好奇心に満ちた目で、幸せな子供たちのように、自然の美しさを楽しむことができたのである。」と。現代の私たちはどうでしょう?
 
哀しい句「蜻蛉つり」
「蜻蛉(トンボ)つり 今日はどこまで行ったやら」
この句は、加賀千代女の作とされますが、子供の遊びを詠んだものではありません。この句は、前置きがとても重要で、「わが子を失いける時」とあります。愛児の死の悲しみを詠んだ歌です。そうすると、「どこまで」は「あの世」であり、「トンボ」は「あの世への案内役」なのかも知れません。
幼いわが子を失った母親の、切ない句なのです。

つづく
次号は、「コオロギの話」です。