ムシの文化史

虫の文化史 ⑩(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化―

腹の虫」について
コダマ虫太郎

「腹の虫」とは?
お腹にわく寄生虫のことです。日本ではいま、「腹の虫」は絶滅寸前で、忘れかけられています。なので、まず予備知識として、代表的な三種類の「腹の虫」を、おさらいです。大きい順に言うと、サナダムシ、回虫、蟯虫(ぎょうちゅう)の順です。
まず、「サナダムシ」ですが、白くて、平たくて、節があって、ちょうど節のあるきしめんのようなものです。長いものでは数メートルになります。
次に、「回虫」ですが、大きさも姿もミミズに似ていますが、少しスリムです。三番目の、蟯虫(ぎょうちゅう)は、最近でも小学校などで時々発生します。回虫と同じミミズ形ですが、小型でせいぜい二~三センチ、直の近くに居て、痒みを起こします。

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目黒寄生虫館

徳川家康とサナダムシ
一六一六年、家康の腹に腫瘍ができました。恐らく癌だったと思われます。薬に造詣の深かった家康は、自らサナダムシと診断して、虫下しの「万病円」という毒性のある薬を服用しました。しかし、日に日に衰えて、ついに落命しました。
この療法に強く反対した、侍医の片山宗哲は、信濃の国に流されてしまいました。気の毒なことです。

共存共栄の立場
有史以来、人間と共生してきた腹の虫の目的とスタンスは、人類との共存共栄ですから、直接生命への危険はありません。ただ、腸で栄養を奪われますから、成長期の子供や食糧事情が悪い時代には、栄養不足という点で問題にされます。また、精神状態に影響するとも言われます。蟯虫がいると落ち着きがなくなるとか言いますが、子供に落ち着きを求めるのは如何なものでしょう。こうして、ある意味ずっと人間のお友だった腹の虫は、近年、医学的に迫害を受けるようになります。

回虫王国だった日本
現在、世界人口の三分の二が、「腹の虫人口」です。昭和三十四年までの日本は、ほぼ全員が回虫保持者で回虫王国みたいなものでした。原因は、排泄物の肥料で、卵が野菜に付着するからでした。この年に始まった小学校の検便と駆除で、日本の腹の虫は絶滅の危機を迎えます。こうして、文明国と呼ばれる地域から、腹の虫は消えて行きました。

「腹の虫」の効用
嫌われ者の腹の虫ですが、豊かで清潔になった文明国では、却って利用価値も芽生えて来ています。それは、ダイエットとアトピー性皮膚炎に、確実な効果があるという点です。回虫を寄生させると、栄養分を吸収してくれるから、満腹感とダイエットの両立が可能です。ファッションモデルの世界では、寄生虫を歓迎する風潮が一部に認められます。この場合は回虫の卵を服用するようです。アトピー性皮膚炎ですが、寄生虫保有者にはアトピーがいないこと、アトピーの患者に寄生虫を与えると治癒することが、医学論文で発表されています。ダイエットと皮膚炎予防。やはり我々は、腹の虫を友達にしておくべきなのでしょうか?

つづく
次号は、「蛇の話」です。