ムシの文化史

虫の文化史 ⑧(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化―

虫と文学
コダマ虫太郎

虫を題材や題名にした文学。

「虱(しらみ)」
芥川龍之介の短編小説に「虱(しらみ)」があります。長州征伐に向かう船の中で起きた「シラミ論争」の話です。
シラミの効用について、森という男は「生きたまま集めて衣服の中に入れると、刺された体を掻いている内に、体が温かくなって寝つきが良くなる」と言います。一方、井上という男は「シラミを集めて食うと、焼き米のような味で美味しい」と、毎日食べています。ある晩、森が集めたシラミを井上が盗み食いしたことから、刃物沙汰になる。という話です。
シラミを、暖房器具や食料にするとは、ちょっと凄まじい話ですが、シラミを題材にして小説が書けるところは、芥川龍之介の天性でしょうか。ちょっとした素材で、人の心の動きを焙り出します。才能ですね。

「蟹工船」(かにこうせん)
小林多喜二の小説です。
昭和初期、オホーツク海で操業するカニ工船で、資本家の利益のために奴隷のように働かされる労働者たちが、やがて労働闘争へと立向かってゆく話です。
小林多喜二は、社会主義者(革命を煽動する)の疑いをかけられ、取調べ中に非業の死を遂げます。昭和初期のことです。

派遣労働やワーキング・プア、経済の閉塞感(グローバル経済の奴隷感)を反映してか、近年読者が多くなった作品です。

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小林多喜二と蟹工船     

「かまきり夫人」
五月みどり主演の映画です。男を誘惑しては不幸に陥れる、妖艶な人妻を描いています。メスがオスを食べるカマキリの習性にちなんだ題名です。

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映画「かまきり婦人」

アリとダニの問答
鎌倉時代の仏教説話集に、「沙石集」(しゃせきしゅう)があります。この中に、「アリとダニの問答」の話が登場します。
ダニがアリに聞きます、「どうしてアリという名がついたか?」と。アリは答えます、「真中がくびれた体型だから、体の前後があるという意味で、アリという名がついた」と。するとダニは、「それなら、※輪子(りんし)のような真中がくびれた道具は、みんなアリと呼ばなければならないじゃないかと反論します。
アリは返します。「輪子はアリという名前がつく前に輪子という名前がついたから、アリとは言わない。」と。
今度は、アリがダニに、自分の名前の起こりを聞くと、ダニは、「背中が窪んで、谷に似ているから、ダニだ。」と答えます。
少し、イソップ物語の香りもするこの「沙石集」は、八〇〇年くらい前に、禅僧の無住道暁(むじゅうどうぎょう)が著した面白仏教エッセイです。吉田兼好と時代も同じで、沙石集は「もう一つの徒然草」として隠れファンも多く、現代語訳の書籍も出ています。
※(輪子とは、ジャグリングのディアボロのようなもので、お椀を二つお尻で貼り合わせたような道具。)

つづく
次号は、「薬になる?虫」です。