ムシの文化史

虫の文化史 ④(虫偏のムシ) ―人と虫が奏でる文化―

虫退治と名刀
コダマ虫太郎

名刀「膝丸」(ひざまる)
源 頼光(らいこう)さんが土蜘蛛を切った、名刀「膝丸」のことが気になります。この面白い刀名の由来は、「罪人の首を切ったら、膝まで切れた」からと伝えられます。
この刀は、「源氏一族の守り刀」で、「髭丸」(ひげまる)と対を成す兄弟刀です。後に、源 義経(よしつね)の手に渡ったとき、彼は喜んで「薄緑」と改名します。
「薄緑」とは、吉野の山の色のこと。義経さん意外とロマンチストです。
義経亡き後は、兄の頼朝(よりとも)に渡り、ここで兄弟刀の「髭丸」とセットになります。しかし、源氏滅亡の後は、新田義貞、最上氏へと渡り、現在は所在不明です。兄弟刀の「髭丸」は、京都の北野天満宮が所蔵しています。
数奇な運命の刀ですが、魑魅魍魎(ちみもうりょう)がはびこる世の中になったら、再び現れるのかも知れません。

名物「童子切り安綱」
「土蜘蛛退治」の源 頼光(らいこう)さんは、大江山酒天童子も成敗したと伝えられます。このときの刀は、「童子切安綱」(どうじきりやすつな)と呼ばれ、国宝として東京国立博物館に所蔵され、同館一階で、正宗、福岡一文字の名刀と共に常設展示されています。
この刀は、天下五剣の一つで、、斬れ味については、江戸時代に町田長太夫の試し切りの逸話により「六胴半」とも呼ばれ、日本一切れ味が良いと目されている名刀中の名刀で、伯耆の国(鳥取県岸本町)の刀工「安綱」の作です。その姿は細身で腰反りが強く、地肌はやや黒ずみ流れ肌と大肌が混じり、博物館の研究員をして、「神がかり」と言わしめる名刀です。源、足利、豊臣秀吉、徳川(津山松平)を経て、昭和二六年に国宝に指定され、今なおその素性を現し続けます。
名刀コレクターだった豊臣秀吉も、この安綱を気味悪がって遠避けたといいます。(それなら集めなければよいのに)頼光さんは、刀に対しても、こだわり派だったようです。

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国宝 安綱(東京国立博物館常設)
    

天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)
三種の神器の一つで、天皇の持つ武力の象徴とされます。
神話によれば、出雲の須佐之男命(スサノウノミコト)が退治した八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の尾から出た太刀で、天叢の名は、オロチの頭上に掛かっていた雲気ということです。天叢剣は、スサノウから天照大神に献納され、天孫降臨のニニギ尊に渡され、その後剣を祀るため熱田神宮が建立されました。神話の記述どおりであれば熱田神宮の神体としてく安置されているはずですが、諸説あります。
着目すべきは、銅器の時代に現れた天叢剣が鉄剣であることです。奥出雲の中国山地を中心に、玉鋼(タマハガネ)製鉄の「タタラ」の遺構と鉄屑のケラが各地に散在し、宮崎駿のアニメ「もののけ姫」の舞台としても登場します。鉄は即ち、当時の武器の最先端素材であったことを表わします。

つづく
次号は、「虫を食べよう」です。